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![]() アメリカに来て実感します。 英語は、やるかやらないかの問題であって、 素質の問題ではありません。 (写真は、エッセイの添削。 コロンビア大学大学院では留学生は卒業資格として英語の小論文試験に合格しないといけません。 週3回、2000〜5000語の小論文を30〜60分で書いて添削、議論する英語の授業を3年間とりました。 嫌いな授業でしたが、書いて議論した分だけ英語力はつきました) 元旦の各紙でも大活躍だったドナルド・キーン先生。 (略) 震災後、日本を励まし続けてくださっています。 同時に思い出す言葉があります。 大きくなった日本人は、小さな世界に住むようになった。 キーンさんのご著書は絶版や品切れのものが多かったのですが、新潮社が『ドナルド・キーン著作集』全15巻を出版するそうです。 キーンさんの存在は、日本の文壇、文学界、芸能界において、まさに至宝でしょう。学者でありながら戦中戦後の日本の文豪たちと交流がありました。人嫌いな谷崎潤一郎には家に招かれてもてなされ、初めての著書『碧い目の太郎冠者』では序文も書いてもらっています。また、永井荷風の美しい日本語にも直に触れ、川端康成の東洋的な紳士さに感銘を受け、安部公房の天才ぶりに驚嘆し、そして私と年の近い二人の巨人、三島由紀夫と安部公房とは兄弟のように信頼し合い、何でも話せる仲だったそうです。ある晩の相客は志賀直哉でした。キーンさんの60歳の定年記念式には、司馬遼太郎さんが、体調がすぐれないにもかかわらず日本からわざわざ駆けつけてくれたそうです。30年前の話です。当時、日本の羅針盤として、事があれば各紙、雑誌、学者も政治家も「司馬さんに聞け」という状態でした。今風にいえば、日本でいちばん予約の取れない人だったそうです。それでもキーンさんのためにコロンビアまで来てくれたそうです。三島由紀夫にとっては、キーンさんがいちばんの理解者でした。自殺の直前、手紙を送った相手もキーンさんでした。「あなたなら私の気持ちをわかってくれるだろう」と書かれていたそうです。 他にも、火野葦平、阿部知二、佐佐木信綱、木下順二、吉田健一、河上徹太郎、石川淳、篠田一士、大岡昇平、有吉佐和子、開高健、大江健三郎、など、キーンさんの思い出話は、まるで日本近代文学の人物辞典です 日本移住後も、精力的に講演やレクチャーをして全国を飛び回っています。合間を縫って、本業の執筆をしているのでしょう。90歳を前にこの活躍。頭が下がります。日本のために、文字通り身を粉にして働いてくださるキーンさん。日本のメディアが、この貴重な人物を、使い殺さないよう願いたいです。
Ivy League視察旅行で知り合った小学生のひとり、桜田くんが、
BRAINIEST ブレイニストというクイズ大会で決勝まで勝ち進みました。 その決勝の様子が、今週の土曜に放送されます。 1月7日(土)の午後4時からです。 ブレイニストは世界20ヶ国で放送されている人気クイズ番組で、 今回は日本での初開催だったそうです。 対象は10~12歳の小学生。 ウェブでの一次予選と、六本木での二次予選を勝ち抜いた20名の小学生が、 決勝戦とその収録のためにテレ朝に全国から集まりました。 桜田くんは10歳の4年生ですが、5,6年生に混じって大健闘したそうです。 頻繁にメールのやり取りをしているで弟のような存在で、我が事のようにうれしいです。 Again、1月7日(土)の午後4時からです。福島出身の桜田くん、応援をよろしくお願いします! もうひとり紹介したいのは、ぼくの実家の近くに住む小学生、小平守莉(おだいらしゅり)くん。 地元贔屓抜きで、将来文豪になりそうな才があります。 自分で作文コンクールを見つけて、自分で書いて、応募しているそうです。 担任の先生もびっくりしているそうです。 小学5年生ながら既に数々の賞を受賞していて、彼の名前で検索するとたくさんヒットします。 深い観察力、柔軟な発想、感情の豊かさ、多角的な視点、表現力、ストーリーの構成力など、 ちょっと信じられないくらいすごいです。 小平くんの作品を探して集めてみました。 他にもたくさん受賞していますが、ウェブで作文を読めるものだけを載せます。 「虫や植物とふれあうコンテスト」フマキラー大賞 『僕はユスリカ』 「木の家・こんな家に住みたい」作文コンクール 『オンボロの家』 石油の作文コンクール 2011年度 審査員特別賞 『僕達の怪人二十面相、その名は石油』 いつもありがとう作文コンクール 2011年度 全国第2位 『大きくてたくましい僕の大好きなお母さん』
Ivy League視察ツアー 2011 no.1 フィリップ・キム先生のお話
Ivy League視察ツアー 2011 no.2 加藤友朗先生のお話 ![]() ![]() フィリップ・キム教授 ![]() 加藤友朗先生 ![]() ![]() ![]() ![]() 2008年の初回と昨年の2回目(2009年は新型インフルエンザのパンデミックで中止)は、コロンビア大学を訪問する時間帯はいつも夕立でゆっくりキャンパスを見てまわることができませんでしたが、3回目の今年はやっと晴れて、キャンパスツアーもしっかりできました。建物を外から見るだけでなく、バトラー図書館や学生会館の中も見学しました。重要文化財のロー・ライブラリとセント・ポール・チャペルは週末で閉まっていて外からしか見られませんでしたが、ドナルドキーンさんがいた東アジア研究所、化学、数学、工学部、芸術音楽部などコロンビアのメイン・キャンパス内はだいたい周りました。その後に、物理棟のセミナールームへ移動して、コーネルで昆虫学を研究されている瀬戸昌宣さんとぼくで研究紹介のレクチャーをしました。瀬戸さんの昆虫生態学のプレゼンも、ぼくの量子物理・ナノテクノロジーのプレゼンも、小学生たちがどんどん発言してくれて盛り上がりました。レクチャーの後は、ぼくが所属する研究室を案内しました。運良くその時間は研究室にほとんど人がいなかったので、長居をして実験装置の説明をしたり、ぼくがつくったグラフィンのナノ・デバイスを顕微鏡で見せてあげたりしました。小学生の発想は柔軟で突拍子もないものがたくさんあって、とても楽しかったです。 Ivy League視察ツアーは四谷大塚の親会社、株式会社ナガセの社長さんの発想で始まったそうです。そのツアーが初めて行われる2008年、たまたまネットでツアーのことを知って、ぼくの方から四谷大塚に電話をしてからずっとお手伝いして来ました。ネットに公開されていた当初のスケジュールでは、米国北東部の有名大学や国連を見学するツアーとなっていました。視察なのに観光なのか、それなら誰でもできるなー、もったいないなーという印象を受けました。そこで、四谷大塚に電話をして、各所にいる知り合いを紹介するから、観光だけではなくて、各大学や国連にいる世界を舞台に活躍している日本人の先輩に会えて話しもできる刺激と学びの研修ツアーにしませんかという提案をしました。初回はお試しでコロンビアだけでしたが、2回目の昨年からは小学生たちが訪問するコロンビア大学、国連本部、エール大学、MIT、ハーバード大学にいる日本人の教授や職員、研究者にお願いをして、講演やレクチャー、研究室の案内などをしてもらいました。それだけでも非常に羨ましいツアーなのですが、3回目の今年はさらに豪華に著名な方々をサプライズ・ゲストとしてお呼びしました。 まずははコロンビアキャンパス訪問中に駆けつけてくれたPhilip Kim教授。ノーベル物理学賞候補者で世界で最も活躍している若手の固体物理学者の1人です。まだ若いPhilipですが、昨年ノーベル賞の最終候補にもなって授賞式にも招待されたコロンビア大学物理学科の教授です。研究者向けの発表だけでなく、一般の方向けの講演が好評で世界各国からひっぱりだこです。そんなPhilipに、日本の小学4年生の成績優秀者トップ30人がコロンビアに来るから、激励の言葉をかけてほしいとお願いしました。ダメ元でしたが、ラッキーなことに海外での講演から戻ったところ、空港から直で荷物を背負ったまま駆けつけてくれました。短いスピーチと質疑応答をしてくれたのですが、結局45分も話してくれました。そのときのPhilipの話はとても感動的で、ぼくは通訳をしながら泣きそうになりました。 もう1人のサプライズ・ゲストは、コロンビア大学医学部移植外科の加藤友朗医師。NYTimesの1面やCNNのトップニュースに取り上げられ、NHKのプロフェッショナル 仕事の流儀でも特集された方です。国内外での手術で多忙を極めている加藤友朗先生も、ベネズエラでの移植手術から戻られた当日でしたが、空港に到着してすぐに駆けつけてくださいました。コロンビア大学のキャンパス訪問時には間に合わなかったので、小学生たちの滞在するホテルに来てくださり、ホテルの会議室でお話をしてくださいました。加藤先生の話もジーンとくる場面がたくさんありました。子どもたちへの対応や話し方など学びも多くありました。最後は子ども達みんなが加藤先生からサインをもらっていました。 翌日からは、国連で山田真美さんが話をしてくださいましたし、エール、MIT、ハーバードでも、政治学、化学、経済学、医学など様々な分野の日本人研究者が話しをしてくれました。ハーバードでは、筋ジストロフィーの研究で有名な安原進吾先生が、昨年に続き特別講演をしてくださいました。諸藩周遊して名の聞こえた学者に教えを請う諸国遊学。Ivy League視察ツアーは、そのアメリカ版、世界版となる可能性も秘めています。特に今年は、スーパースターに会えるツアーになりました。 各学校で、大学生ではなく大学院生を選んでいる理由は、アメリカの大学院生は消費者ではなく生み出す側だからです。日本の大学や大学院は、学費を生徒(の親)が払い、授業に出て、テストを受け、学位を買いに行くところです。ですから日本の大学生・大学院生は消費者。その点が、アメリカの大学院は違います。特に理系の大学院ですが、学生は研究をし、その研究成果をもとに研究費を外部(政府機関や企業)から獲得し、その中から学費が支払われ、給料も支払われます。給料を支払われるのは、研究という生産に対する対価です。価値のある研究成果を出せなければ、クビになります。保障がないので、サラリーマンよりも厳しい世界です。実際、世界中からの応募者の中から選ばれた、ひと学年10名程度のコロンビアの物理学科のPh.D.過程では、卒業できるのは3割だけです。そんなプレッシャーの中を生き残り、結果を出し続けている研究者の実力は、小学生にもオーラで伝わります。 また、アメリカのトップ大学には、教科書に出てくるような学者がゴロゴロいますし、宇宙飛行士もノーベル賞受賞者もたくさんいます。一方、日本ではそういう人たちと触れ合う機会はほとんどありません。日本人が知ってるコロンビアの先生を周囲に尋ねても、元国連事務総長のコフィ・アナン、震災後に有名になったドナルド・キーン先生しか名前が挙がりません。オバマ大統領やプロフェッショナル仕事の流儀に取り上げられた加藤友朗先生も、地位や番組の名前を言えば「へー」となりますが、その程度です。コロンビアとかハーバードという名前は知っていても、そこにいる研究者の名前は知らないのが普通です。 大学というところは、何をどれくらい勉強し、どれだけの研究成果を出したかが問題です。大学名は関係ありません。研究発表をする場合も、大学名(所属先)は関係ありませんし、表示も後回しで小さくしか載せません。日本では、大学というと教授や事務員が主役ですが、アメリカでは学生が主役です。どの大学でも学長が入学式で新入生に伝えるのは、「この大学でできないことはない!」です。「大学の資産、図書館、奨学金、教授陣、OBのネットワーク、研究設備/研究費、世界から集まった頭脳と叡智、使えるものは何でも利用してください。それらを駆使しても出来ないことを探すのは不可能だ」と。世界百数十カ国から集まった学生、専門も、文化も、言語も、風習も、考え方も、価値観も、見た目も、何から何まで異質な人たちが、ただ行動力があり優秀だるという共通点だけで選ばれ集まる。朝から晩まで一緒に勉強し、議論し、パーティーへ行き、バカをし、将来を語り合う。そして、ベンチャーを立ち上げ、政治家への一歩を踏み出し、研究をし、世界を旅する。それらを生み出すのは、学生たちです。大学とは、学生たち自身がつくる場所なのです。与えられる場所ではなく、学生が自ら学び成長し、お互いに与え合う場なのです。だから、同じクラス、同じ研究グループなどの特定の仲間内から、ノーベル賞受賞者が何人も出たり、各分野をリードする人材が生まれたりするのです。 そういう行動を起こせる学生には、一見バカバカしく見えることでも、全力でサポートするのがアメリカの大学です。大学でできないことはないというのは、本当にそうだなあと思います。そのかわり、何か生み出そうと努力したり何かアクションを起こしたりしない生徒には、日本の典型的な大学生ですが、そういう人たちには苦痛な場所だと思います。 「一樹一穫なる者は穀なり。一樹十穫なる者は木なり。一樹百穫なる者は人なり」 『管子』 人は、人からしか生まれません。 人物をつくるのは、人物の輪です。大学や教科書ではありません。 ブータンのワンチュク国王(雷龍王四世) 11月に新婚旅行を兼ねて、日本、それも被災地を訪ねて下さったことで、日本メディアは盛り上がりましたね。そのワンチュク国王の訪日に先がけて日本政府、および福島の被災地を訪問されたのが、Thinley(ティンレイ)首相。ワンチュク国王の信頼厚いティンレイ首相の助言により、被災地の訪問も含め、ワンチュク国王の訪日スケジュールが決まったそうです。 ティンレイ・ブータン首相及びペンジョール同上院議長らとの会談 このティンレイ首相とは、2010年の9月に、大学のWorld Leaders Forumで話を聞き、直接会話もしました。 ブータン国、ティンレイ首相との会話 ワンチュク国王が語った龍の話や、王妃様との出会いの話を、小学生からのメールで教えてもらいました。いい話ですね。いつか、こんな話を語り伝えられたらいいなあ。 ![]() あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 Wish you a new year full of explorations, inspirations, and challenges.
シンポジウムには、Ivy League視察ツアーでアメリカに来た小学生を招待しました。
Ivy League視察後に科学者になりたくなった子や留学したくなった子が多くいたので、 超一流の科学者が集まり発表・議論している雰囲気を味わわせてあげたかったからです。 シンポジウムは専門家向けのもので、発表は全て英語でしたし、小学生には理解できない内容ですが、 「様子」や「空気」から感じるところが多くあったようです。 理系志望ではなかった子も、「研究者になりたくなった」と言っていました。 教科書に名が載っているような方々とも一緒に写真を撮っていただき、 いい思い出にもなったと思います。 ![]() 名古屋大学へ向かう新幹線の中から。 名古屋大学では、2008年のノーベル賞3人受賞を記念して、 ノーベル賞展示室という部屋が設置されていました。 益川敏英さんと小林誠さんを輩出した坂田昌一研究室や、 下村脩さんを育てた平田義正研究室について、 その研究及び教育スタイルの一端を紹介しています。 坂田さんと平田さんは多くの一流研究者を輩出し、 それぞれ坂田スクール、平田スクールと呼ばれています。 コロンビア大学の中西香爾教授や、ハーバードの岸義人教授も平田スクール門下生です。 野依良治さんは門下生ではありませんが、平田研究室と一緒にグループ・セミナーを開いていて、 平田先生の薫陶を受けながら2人3脚で名古屋大の有機化学を支えて来たそうです。 中西先生が文化勲章を受賞された時、大学でも記念式典が開かれました。 岸先生や下村さんもおられ、ノーベル化学賞受賞者も大勢出席されていて、 部屋全体で、まさに化学の教科書でした。中西さんの深い貢献が伺えました。 ノーベル賞以外全ての賞を受賞しているといわれる中西先生ですが、 米国化学界会長は「ノーベル賞3つ4つ分の貢献をした」と話されていました。 つい先日も、別の集まりで中西先生のプロ級の手品を拝見しましたが、 御歳86でいまだ現役の教授。 全てが常識外れです。 すごいですねー。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 平田スクール、坂田スクールのように、すばらしい人材が同門から多く輩出される例はたくさんあります。ショウジョウバエを使った研究で遺伝学に革命をもたらしたトーマス・ハント・モーガンのグループからは7名が、関係者を含めると20名がノーベル賞受賞者を輩出しています。利根川進さんの師であるレナート・ダルベッコ研究室からは利根川さんを含め6名が受賞しています。ダルベッコと彼の師も受賞者です。ノーベル賞の芽が育ち、ノーベル賞のDNAのようなものが受け継がれているんでしょうね。 小林さん、益川さん、野依さん、下村さん、全員の本に書いてありましたが、名古屋大学が成長した背景には、客観的でフェアな実力の評価と、健全な人材の循環、学生も教授も対等に議論する風土などがあるそうです。名古屋は他の有名大学と比べるとわりと新しい。そこで、他大学やアメリカの大学から優秀な人材を集め、卒業生もみんな外に修行に出させたそうです。日本では東大や京大など、学生から教授になるまでずっと同じ大学にいることが多いですが、アメリカではそういった純粋培養が人間の創造性を奪い、くだらない政治的な派閥も生むこと知っているので、極少数の例外を除いて学部、大学院、ポスドク、教授と、みな学校を変えます。変えること、そして変えた先でも成果を出すことが、評価されます。純粋培養はマイナス評価の場合が多い。ところが日本は、教授が優秀な学生を囲い込み、教授自身のために実験の手伝いをさせようとする。学生もそれが楽で人生も安泰だからそうする。その結果、独創性は育たず、可能性の芽をつみ、「○○先生の弟子」というコネが重要な社会になり、大学が官僚組織になってしまった。そういった負の連鎖に陥ることなく、コネで広がる権力ではなく実力で評価し、「人間の成長」のための教育に重点を置いたのが、平田・坂田スクール当時の名古屋大学だったのでしょう。 私は研究者の国内外の流動を強く勧めている。とくに若者にとって異との出会い、世界をわたり歩くことが成長の鍵であることは、世界の状況を見れば明白である。 この本のクライマックスは、もちろんノーベル賞へとつながる実験を成功させたときの記述。そして、当時有機化学のメッカだったハーバードへの留学中に得た強烈な刺激。
今回の講演は、日本で初めての大舞台でした。
ぼく以外は大御所ばかりでしたので、ひと月前から緊張しっぱなしでした。 ただ、実際に素晴らしい研究者の面々と言葉を交わすと、楽しくて緊張していたことも忘れ、 舞台に上がっては全く緊張せず、むしろ聴衆を笑わせながら話せました。 実は、他の講演者の内容を聴いてから、 用意していたプレゼンテーションのスライドを急遽大幅に変更しました。 もちろん主旨は変えませんが、イントロダクションと実験の歴史、 他の研究の紹介などを変更・追加しました。 日本でのシンポジウムなので日本人の招待講演者が多かったのですが、 日本における研究の重点とアメリカ・ヨーロッパにおける重点とはかなり違うことがわかりました。 日本は、理論屋さんが割と多く、光学特性への偏重があります。 実験面では化学の合成屋さんと計測屋さん、商業応用に近いエンジニアがほとんどでした。 カーボンナノチューブやグラフィンは、きれいな1次元・2次元の物質で、 さらに電子のエネルギー構造がとてもシンプルで扱いやすいので、 低次元の量子現象を解明したり発見するために最適なtest-bedです。 その特性を生かして「サイエンス」をしている研究者はほとんどいませんでした。 それは、物理でも化学でも同じです。 アカデミアで学術研究ではなく開発が行われているのも特徴的でした。 以下、非常に生意気なことを書かせていただきます。失礼します。 実験屋さんと理論屋さんとの乖離も目につきました。 実験的な実現可能性や現実に存在し得るnature(自然)なのかを検討している理論屋さんは少数で、 物理や理論を議論している実験屋さんも少なかったです。 物理をわからない実験屋さんは、目の前にあるデータの意義や価値がわからず、 実験を知らない理論屋さんの理論は、徒労で終わります。 偏りがあるのは悪いことではありませんし、むしろあるのが普通です。 ただ、足りないものが大きすぎると見えるものも見えなくなります。 そのバランスも、サイエンスの「センス」なのだと思います。 すごいと思った教授たちは、理論屋さんでも実験の知識が豊富で広く論文も読んでいて、 安藤先生など、up to dateな成果も驚くほど詳しく把握していました。 すごい実験屋さんは、「サイエンス」の歴史と流れ(方向性)を正確に把握し、 理論(教科書)を厳密に理解し使いこなしており、 取り組んでいる実験・問題が発展史においてどこに位置し、どういう意味を成し、 さらにはどんな新規性を示唆・提案できるのか、深遠広大な視野をもっていました。 本当にすごい。 私と個は違います。 自己実現は志向すべきですが、自己中心的であってはなりません。 蓮舫に仕分けされないようにするためにも、 非現実的な理論や応用研究に猛進してしまわないよう気をつけなければなりません。 これは、駆け出し研究者のぼくにとって、いい教訓にもなりました。 他の研究者が参考にし、実験の指針にし、新しい理論計算のモチベーションにもなり、 そしてなにより、みんなの常識や先入観を覆すような新しい分野を提案できたら、最高でしょう。 こんなことがわかりました、こんなことが見えました、こんな計算をしました、ではなく、 みんなが使える計算式をつくり、指数を決め、どんな可能性があるのかを伝えたい。 論文を1本書くことで新しく分野ができ、その分野のレビュー、そして教科書を書き、 啓蒙までするエッセイや絵本も見据えて研究ができたらいいなあ。 「はじまり」になる研究を、何かひとつでも成し遂げたいものです。 それにしても、アメリカの超一流の研究者たちの貪欲な質問には、いつも学ばされます。 どんな大御所でもペーペー(ぼく)にどんどん質問し、本当に初歩的な質問でも、勘違いでも、 人前でためらうことなく尋ね、常に学ぼうとしている姿勢には、感心というより感動を覚えます。 余談ですが、会場で驚いたのは、日本人研究者の9割が パナソニックのレッツ・ノートを使っていたこと。 バッテリーが長持ちするのだそうです。 あと、みんなスーツだったことも驚きました。 アメリカでは見ない光景でした。 ぼくはネクタイはつけませんでしたが、久々に襟付きのシャツを着ました。 ![]() ![]() 居心地の悪かった乱雑な都市も、愛おしく感じるようになりました。
2011年の締めくくり、日本への講演ツアーをこなしてきました。
12月半ばに10日間ほど日本に滞在しました。 メインな仕事は、2つの招待講演と3つの招待セミナー。 あとは、以前から行ってみたかった名古屋大学への訪問と、友人主催の勉強会の講師。 毎晩ホテルでスライドを用意して、毎日どこかへ出掛けて話して、怒濤の日本ツアーでした。 今は大学へ戻り、落ちついて実験をしながら年を越しています。 今年2011年は、飯島澄男先生によるカーボンナノチューブの発見から20年目。 これを記念しての公開講演が東京で開催されました。 若輩ながらぼくも、ニューヨークから招待していただきました。 カーボンナノチューブは、螺旋対称性のある直系1ナノメートル程度の一次元炭素結晶です。 ノーベル化学賞を受賞された野依良治さんが発見したのはchiral synthesisですが、 この右手系と左手系の違いの対称性(chirality)を持ち合わせた1次元結晶がカーボンナノチューブです。 ところが、このchiralityという特異な性質を生かした測定は、光学的には行われていますが、 電気的にも、熱的にも、力学的にも、実証されていません。 この中で、料来のエレクトロニクス応用や、 低次元量子現象を調べるtest-bedとしての利用において一番重要なのが、 電気(電流)特性です。 なぜこの電気特性の測定が、発見後20年経った現在でも実証されず、 多くの研究者の頭を悩ませています。 それは、測定の精密さや試料のきれいさ、1本のナノチューブの分離の難しさ、 外部からの影響の受けやすさ(信号の弱さ)など、多くの障壁があるからです。 それらを全てクリアし、実証してみよたのが、ぼくの実験です。 この実験のために開発したデバイスは、思いがけず別の測定も可能にしました。 電気的な変調をしながらの光学遷移や、intrinsicな熱起電力測定です。 自然現象の奥にひそむ原理はいつも美しい数式で表されますが、 美しい実験もまた、自然の本質に迫る様々な測定を可能にしてくれます。 実際、この測定から新しい1次元の熱特性の理論を組み立てることになりました。 ぼくが講演で話したのはだいたいこんな内容です。 Symposium on Carbon Nanotube in Commemoration of the 20th Anniversary of its Discovery カーボンナノチューブ発見20周年記念シンポジウム 2日間にわたって20名ほどの講演がおこなわれ、その前後にレセプションとバンケットがありました。 ナノチューブを発見された飯島澄男さんをはじめ、 世界中で使われているナノ・カーボンの教科書を書いたMildred Dresselhaus教授(82歳!!)、 カーボンナノチューブやグラフィンで世界をリードする研究者を多く輩出したAlex Zettle教授、 ぼくも含め世界中の実験屋の信頼を集める理論の大家、安藤恒也先生など、 世界中から有名な教授たちが集まりました。 アメリカの大学で教授になり、重要な研究成果をコンスタントに発表し、 日米の研究交流・人材交流にも積極的で、米国科学アカデミーから基金まで取得して活動されている 河野先生もおられ、ちょっと興奮しました。とてもかっこよく、私淑させていただいている方です。 そんな方々の輪に加わり、丸々3日間、朝食から夕食までずっとご一緒させていただきました。 発見に続き学問分野を起こし、歴史を築いてこられた方々から、 たくさんの話を伺い、多くの薫陶もいただきました。とても貴重な機会になりました。 新しい発見をしたり新しい学問をつくったりして貢献したいと強く思いました。 こちらは別の招待セミナー Physics Global Center of Excellence Program of the Tokyo Institute of Technology "Nanoscience and Quantum Physics" グローバルCOE「ナノサイエンスを拓く量子物理学拠点」 G-COE seminars for Nanoscience and Quantum Physics 東工大は、安藤先生や斎藤先生など、理論の大御所がそろっています。 共同研究をはじめた理論の先生も駆けつけてくださいました。 セミナー後のディスカッションはとても有意義なものになりました。 最近、日本に行く時はいつも何回か講演・セミナーで大学・研究所を訪問しますが、 今回、名古屋大学はぼくからお願いして訪問させていただきました。 訪問させていただいた篠原教授がとても魅力的ですし、准教授と助教の方々の士気も高い。 研究グループ全体の雰囲気もよさそうでした。 全体としても、今まで訪れた日本の大学の中では、名古屋大学は一番雰囲気が良かったです。 2000年以降、ノーベル賞受賞者を日本で一番多く輩出している勢いも感じました。 積極的にディスカッションをしていて、アメリカの大学みたいでした。 野依良治さんと下村脩さんのノーベル化学賞受賞者の自伝を買って帰りました。 益川さん・小林さんのノーベル物理学賞コンビの本は以前読みました。 野依さんの科学と教育への深い洞察、下村さんの執念、学ぶところ大でした。 こちらはまた別の機会にまとめます。 滞在中は、東京のホテルを拠点にしました。 本屋に寄ったり街を歩いたりする時間もない多忙な滞在中、 ホテル併設の庭園を朝食後に散歩する10分が、唯一の休憩時間でした。 ![]() ![]() ![]() ![]()
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